2009年12月1日火曜日

上を向いて歩こう

先々月、口が開かなくなった。
バナナが一口で食べられない。
ご飯を5、6粒つまんでも箸の太さが加算されると口に入らない。

心当たりはある。
6年前にも開かなくなって歯医者に行った。
抜歯してブリッジにしたところが、噛み合わせがずれてきて口が開かなくなったのだ。
歯医者さんが上の歯をちょちょいと削ってくれたら、魔法のように口が開いた。

ところがその後、そのブリッジがはずれてしまった。
その歯医者さんは腕はとてもいいのだが、予約時間に厳しいのである。
予約したけど、調子が悪くて行けないことが何度か続き、大きな声でどなられたので、
億劫でそのまま放ったらかしにすること6年。

さぞかし噛み合わせがずれまくっていることだろう。
口が開かなくて歯磨きがきちんとできないせいか、奥歯が痛み出した。

歩く一歩ごとにずくん、ずくん、と響く。
痛くてよく眠れない。
仕方なく、しかられるのを覚悟で歯医者に行く。


案の定、取れたときすぐ来てくれればこんなことにならなかったのに。
また型を取り直して、ブリッジも作り直しで、時間とお金が大分かかるよ。
だから、さっさと来ればよかったのに。
・・・・・・と、ねちねち何度も何度も言われた。
まあ、仕方ない。

当たり前だが、口が開かないと治療できないのである。
口が開いても、炎症がひどいとやはり治療できない。
それから週に2度通っては「ううん、まだムリだねえ」と言われて抗生物質をもらい、
だからすぐ来ていれば・・・・・・どうしてさっさと来なかったの? と小言を言われる。

その度に、アンタガ ソウイウ セイカク ダカラダヨ.
コッチハ リコンシテ パワハラ ジョウシニ イビラレテ
クビククル スンゼンデ ハナンカ カマッテラレナカッタンダヨ.
トイウカ イエヲ デルコトモ マンゾクニ デキナイノニ 
ハイシャ ナンカ コレルモンカヨ.
・・・・・・と頭の中で怒鳴り返したが、相手のドリルだかピンセットだかがノドにあるので、
神妙な顔でうなづくのみ。


半月経ってようやくまともに奥歯までのぞくことができるようになり、痛みの原因がわかる。
親知らずの周辺が膿んでいたのだ。
「でも、ヘンだねえ。きれいに歯全体が歯茎から出ているし、普通、この状態なら膿んだりしないよ」

……そう言われても。
「よっぽど疲れているか、ストレス貯まってるかで免疫が落ちてるんだよ」
……と言われても心当たりないけど。
「とにかく野菜をたくさん食べて、よく寝て、のんびりしなさい」
……そんなの歯医者の処方箋じゃないだろう。

というわけで1ヶ月通っても、何も実質的な治療が始まらない。
とにかく、歯茎の炎症が治まった時点でブリッジを直してもらった。


年に2度ほど、別に外傷が無いのに足のつけねが腫れあがったり、そのせいで歩けなくなったり、
あるいは耳の下や脇の下に大きなゴリゴリができて痛んだりする。
そういう時に血液検査を受けると白血球数がとんでもないことになっている。

そういうときも、「疲れてるんですね。免疫が落ちてるんですよ」と診断される。
まあ、確かに運動不足で食生活が崩れてるかもしれないが。


歯医者さんに「歯ギシリとかしませんか」と聞かれた。
「さあ。寝ているときしているならともかく、自覚はないし家族に指摘されたことはありません」
「けっこういるんですよ。ほら、”歯をくいしばってがんばる”って言うでしょう。
負荷がかかってると歯にも負担かかって噛み合わせがおかしくなってくるんです。
ふんばる時は別の方法でやってね」


その時は自覚が無いと答えたけれど、最近、ときどき歯をくいしばっている自分に気がついた。
泣きそうなときだ。
何かで弟のことを思い出して鼻の奥がツンとしたとき、思わず歯をくいしばってしまう。

3年経ったのに。
むしろ1周忌の頃より涙がこぼれそうになる頻度が増えた。
たぶん、油断しているからだと思う。
本を読んでいて、風景を眺めていて、TVを見ていて。
不意打ちをくらうのだ。

私でさえこうだから、母はいかばかりだろう。

私が生まれる前に亡くなった兄について、その看病をしながらいかにつらかったか、
いかに父が非協力的だったか、いかに自分が献身的にがんばったか。
2人でいると母は唐突に話し始めて、何時間も終わらない。

正直、私は苦痛だった。
その思い出を共有すべきなのは父であって、そのときの無念を私にぶつけられても、
私には何もできない。

今も弟のことについて、突然堰を切ったように話し始める。
私は何度も、看病の最中、母に八つ当たりされたり、愚痴をぶつけられたので、
母がいつその話を始めるかとびくびくしている。

「あんたなんかより、私の方が10倍も悲しいのよ」

八つ当たりとわかっていてもショックだ。

「何もわかっていないくせに」

病気の性質、治療の原理などを理解できないのは母の方なのだが、仕方ない。
私が ”わかっていない”のは、『母がいかに苦しんでいるか』なのだろう。

でも、いつも思っていた。
母は自分ばかり憐れんで、死んだ本人よりも自分の気持ちにかまけていると。
まるで、他の人間には悲しむ権利もないようだ。
それでも、やはりお腹を痛めた子供に先立たれるのは、身を切られるつらさなのだとは私にもわかる。


そう言われても、私だって弟との2人だけの思い出がたくさんあって、思い出す度に寂しい。
でもそう言っても母に否定されるから、こっそり歯をくいしばる。

そうすると歯医者さんにしかられるから……上を向いて歩こう。
晴れていれば星が、曇っていれば雪がまたたいて、気を紛らわせてくれるから。

2009年11月25日水曜日

優秀すぎるヒートテック

10数年前はひどい冷え症だったのに、逆のようだがこの北国に来てから寒さ知らずである。
いつも手と足の先がぽかぽかして、冬でも布団からつま先を出して寝ている。

そのことを整骨院の先生に言ったら、「それは冷え症が治ったんじゃなくて進行したんですよ」と診断された。
いはゆる冷えのぼせ状態でぽかぽかしているのだそうだ。

本人は寒くないから便利でいいのだけど、例えばリンパだとか血液だとかの循環は前より悪くなっているらしい。
困ったものだ。ますます痩せにくい身体になってしまった。

それはともかく、手足だけじゃなく身体ものぼせやすくなった。
背中や胸に寝汗をかいて、明け方に目を覚ましたりする。

以前はハイネックのざっくりしたセーターばかり着ていたのに、今は用無しだ。

というわけでヒートテックも用心してU字首の半袖にした。
にもかかわらず。

来週には12月だというのにあせもができてしまった。
そこまで温かくなくていいぞ、ユニクロ。
ここでこんなに暑く感じるなら、日本のほとんどのところで暑すぎるのではないだろうか?

ここより南は気温が高いし、ここより寒冷な土地では暖房がもっと強いわけだから。

屋外で長時間過ごすときいいかなと思ったのだが、10分も歩くと汗だく。
コートを脱いで、袖をまくりあげて、顔をパタパタ扇ぎながら歩く羽目になる。

というわけで今のところ優秀すぎて困っています。
これからもっと寒くなる季節に期待です。

涙腺故障中

秋だから?
それともウツ症状?
あるいは更年期障害?

何でもないことでじわあ~っと来てしまう。

かわいそうな子供が出てくる映画は極力見ないようにしている。
ところが別にかわいそうな場面じゃないのに不意討ちでやられる。

例えばハイジがピッチを追いかけて野原を笑いながら走ってるだけなのにぽろっと来る。
農園ゲームでまん丸に点2つで目をつけたような単純な形のひよこがぽよぽよ歩いているだけで鼻の奥がじわっとする。
困ったものだ。

泣くのは精神衛生上いいそうだけど。
別にひよこやハイジでカタルシスが得られるなら簡単でいい。

でも気を済ませたくないようなことで、涙をこぼして片付けたくない。
肝心なことで終わった気持ちにならないように、時々、こっそりひよこを育てて泣いておくのも手かもしれない。

2009年9月17日木曜日

異邦人のひとりごと(その2)

この土地に来て篠笛を吹くようになった。
祭り囃子、お神楽などの団体にいくつか混じって参加させていただいている。

そういう団体は、まだ圧倒的に男性が多い。
もともと神事に関わることなので、ピアノの習い事と位置づけが違うようだ。

祭り囃子だと男女半々ぐらいだが、そういう場所の女子は〇〇さんの娘だったり〇〇くんのお母さんだったり、あるいは職場の団体として参加している場合がほとんどだ。
つまり、個人で、自分が自分自身を代表して、ぽっと参加しているわけじゃない。
立場を保証された女子。

そうでない女子は立場を弁えて行動しないと、男性からも女性からも反感を買うことになる。

私は他所から来て、しかも女性で、自分の仕事で経済的に独立しているという意味で三重に異邦人なのだと思う。
このコミュニティの平和を乱すもの。

マレビトはマレビトとして、饗応を受け、この土地を祝福して去っていかなくてはいけない。

このムラの一員になれないのなら、せめて宣教師にならず、博物学者としてすべてに興味をもち賞賛して通り過ぎよう。

なぜなら私はこの土地が気に入ってしまったのだから。
この土地に骨を埋める覚悟だ。名のない無縁仏として。

異邦人のひとりごと(その1)

仕事でこの土地に来てもう10年以上になる。
このところ長くおしゃべりする人がネィティブの方々なので、自分もつい方言が出る。
でも方言の ”語彙”を使っているだけで、発音とかいろいろ間違っているので、 すぐ他所から来たとわかるらしい。
で、出身地を聞かれる。
それが初対面の人のパターン。

出身地から1000キロ以上遠いとこに来たというので、珍しがられる。
次になぜこんな遠いとこに来たの? と聞かれる。

近頃学習したので、その後も付き合いのある人でなければ、”こっちに親戚がいて”とか 何か、適当にお茶を濁す。

あるいは、”ああ、旦那さんの転勤か何か?”とか向こうが出したヒントにあいまいにうなづいておく。

女が自分の仕事を得るためにわざわざ都市から地方に移るのは、かなり珍しい事態なのだと、 学んだ。


この小さな街では、みな3代遡れる付き合いらしい。
そんなコミュニティに他所からぽんと入って来て、そこの活動に混ぜてもらうには、そういう3代 遡れる身元のはっきりした誰かに怪しいものじゃない、と保証してもらう必要がある。
直接保証してもらわなくとも、そこの人々の知っている誰かの名前を挙げると、安心してもらえる。

そうしてそこで一緒に5年活動しても、名前を覚えてもらえないことがしばしばだ。
”〇〇から来た””〇〇さんの知り合いの”という修飾語だけで呼ばれる。

多分、このコミュニティの中の誰かと結婚して子供を生んだら、初めて私自身が一員と認められるだろう。それまでは20年でも30年でも ”異邦人”で ”お客さん”なのだ。
いや、違うな。
私の子供は一員かもしれないが、私はずっと ”〇〇の嫁”と呼ばれ、いつか実家に帰る客人、ビザを 持つ異分子として扱われるのだろうと思う。

そういう状態に慣れたけれど、時々ちょっと寂しい。

2009年7月17日金曜日

フォトアルバム

ここのIDで登録できたので、ウェブ・アルバムなるものを作ってみた。
世界中のいろんな風景が見られるのが魅力です。

私はとりあえず植物園巡りの写真。

だんだん増やしていきます。

2009年7月12日日曜日

再開




(写真はお堀に桜の絨毯。写った影は筆者)


mixiの方でだいぶん、メンが割れてきたので気楽に書けなくなった。
まあ、隠れる必要もないんだろうが、けっこう気を遣う職業なもので。


で、こっちで好き勝手書こうと思います。


療養のため、1月半ほど入院しました。3食昼寝つき、と思いきや。

限られた外出時間の間に自宅に帰って猫の世話をしたり、職場の方で郵便物やメイルを整理したりしていると入院前より忙しい。
でもダラダラやってるより効率よく用事が進む。

その証拠に退院した途端、部屋は荒れるしメイルは放置。いかんなあ。


入院中、何が良かったって早寝早起きの生活でしょうか。21時消灯4時起床。日の出とともに始まる生活。うーん、エコだぜ。国民の3割ぐらいがこういう生活したら、二酸化炭素排出量減るだろうなあ、と思ったが、退院した途端元の木阿弥でした。
同室の人たちとおしゃべりできるのも、思いのほか精神に良かった。日頃、話し相手が猫か熱帯魚しかいないので、ちょっと気になることがあると一晩中脳内再生してしまったりしていたが、気楽にしゃべると気分が簡単に切り替わる。


やはり人間って社会的な生き物なのだなあ。


隣のベッドに高校生がいて、思いのほかこれがまた話題が合って楽しかった。

聞けば、その子の親と同い年なのである。その子は親とうまく行かなくて体調を壊したらしいが、こういうヘンなオトナもいるとわかって、ちょっと気持ちが楽になったんだといいけど。
退院しても自己管理して、マトモな生活しよう。

一応オトナなんだから。


2009年3月11日水曜日

ハンターのつもりが餌食?

冬物一掃処分の50%とか70%オフのビラに釣られています。
すっかり、いいカモ?

でも、買い物ってかーなりノリですよね?
アドレナリンで買ってますよね?
理性じゃないですよね?


流行り物に手を出すまいと思っているんだけど、職場に20代の若い人ばかりだから敵うはずないのだし、と自分に言い聞かせてはいるんだが、やっぱり着てみたくなっちゃうんですよね。

ティアード・スカートとかデニム・レギンスとか。

すそフリル付きのキャミソール・ワンピは、チュニックに重ねて意外と着れちゃったりしている。
Aラインになるので、お腹隠しに便利。

もう、今更ガマンしてもいつか解禁になるわけじゃなし、何でも挑戦してみようと思う。

(何だか取り留めなくなったな)

2009年3月9日月曜日

また始めました。

……レコーディング・ダイエット。
今度はブログ形式で。

前回はノートに書いて自分で計算するタイプでかなり面倒だった。
計算しなおすのが面倒で、夜にムダ喰いしなくなった。

今度は抑止力が小さいかも。

まあ、ブログなのでコミュを作って励ましあうような特典はあるようだ。
ゆるゆる行きまっしょい。

2009年2月8日日曜日

本日の獲物

連日の雪。氷点下が続く日々。
”春もの、入りましたよー”と誘われて、明るい色の軽いものが欲しくて……。

トラッドっぽくないデザインのツイードものがいろいろ出ていて、長めのシャツジャケットみたいなものを買いました。白地に青と黒。
魅力的なカットソーもいくつか試着したけど、あとサイズを2つ落とさないと決まらない。
やせなきゃー。

2009年1月16日金曜日

電気椅子送り……?

ええと……炭酸リチウム+軽い抗ウツ剤をもらって自宅療養しつつ通院治療をしていたのですが……
来年度、職場復帰を目指して、ここはさくっと治しちゃいましょうか? ということに……。

恐怖の電気ショック治療!
それって死刑?
ガクガクブルブル

実際にはぽかぽかして眠くなる、腰痛治療イスみたいなもんらしい。
やたら眠くなるので入院するけど、治療のない日は外泊でうちに帰っていいよ、というユルいもの。

また猫の餌係りに実家の母が来てくれることに。
『ええっ、昨日、往復7時間かけて阿蘇に雪に見に行ったのに!』
母上、絶対にここの方が気温も積雪深もスゴイです。真冬日続き。
どうせ遠出するなら五島辺りで温まっていけばよかったのに。お疲れさまっす。

2009年1月15日木曜日

自律神経が切り替わらない


1日の区切りがあいまいだ。
いつの間にか夜になっている。
創作仲間とチャットをしている時間だけが、充実している気がする。



いかんなあ。
とりあえず、できるだけマメに自炊をする。
野菜たっぷりの鍋や煮物。

それから、毎日、少しでも歩く。

人と話す。

ちょっとずつ変わっていこう。
それが今年の目標。
がんばりすぎずに、ちょっとだけ気張ってみる。
自分を好きになるために。
この猫と植物とこたつの楽園から出て、歩き出してみる。
(写真は仔猫のぴーちゃん。庭から居間をのぞくのがブームらしい)